2016年01月30日

こんにちはAlphaGo

Googleの囲碁プログラム、「AlphaGo」が史上初めて人間のプロ棋士にハンディ無しで勝利した、
との記事が巷を賑わせています。

この話題で一番驚いたのが、
次の対戦相手が、世界最強棋士との呼び声の高いイ・セドル九段であること。
いきなりラスボスで、ここで勝利すれば一気にエンディングなのです。

これまで努力して一歩一歩進化してきた他の囲碁プログラムを一気にブチ抜く急激な進化は、
Googleの技術力を持ってすればありえることだと思うのですが、
ある意味興行的には、もう少しじわじわと盛り上がりを継続した方がよいのではと思いました。
(Google的には、AIの成果を示す対象が偶然囲碁だっただけなので、経過地点・踏み台の一つなのでしょうが。)
ここは一つ、対イセドル戦の前に、対イゴドル戦を挟むとかどうでしょう?Googleさん。

AlphaGoの出現により、
囲碁というゲームの終焉だとか、魅力が無くなる、とか言う意見もちらほら見られます。

同じ土俵で戦う、他の囲碁プログラム(というか囲碁プログラム開発者の方)には
一番大きな影響があると思います。
「強さを極める」と言う意味で、プロ棋士の方にも多少なりとも影響があるかと思います。

が、人間の一つの娯楽としての囲碁の魅力はそれで消えるのでしょうか?
娯楽としては、人間がそのゲームをプレイすることに楽しさ・面白さを感じられれば魅力的であり、
別にコンピューターが最強になろうが、娯楽の魅力は変わらないと思います。
大多数の囲碁プレイヤーは、現在でもトッププロには敵わないわけで、
その直接関わることのない雲の上の存在が人間からコンピュータに変わろうが、
何の影響もないと思います。

(同様に、日本の棋士が世界戦で勝つことが日本囲碁界の振興に繋がるってのも、
 雲の上の出来事であんまり関係無さそうな話。)
だってオセロとかチェスとか将棋とか、まだ普通にやってるでしょ?

それよりも、囲碁の魅力の低下や文化の消失に対する直接的な脅威は、
プレイヤー(囲碁打ち)の減少だと思っています。
囲碁は一人では打てないゲーム。
対局相手の存在・多様性(同じような棋力の相手、会話の弾む相手)が、
囲碁という文化の活性化の前提条件になると思います。

また強さの面でも、
プレイヤーの山の裾野を広げることにより、プレイヤーの頂点の高さも上がると思っています。
AlphaGoがそうしているように、対局の積み重ねが、強さに繋がる。
人間がまた強くなりたいと望むなら、
(人間・コンピューター問わず、)プレイヤーを増やす必要があります。

そう考えると、
AlphaGoという新たな碁打ちの1人の登場を歓迎したいと私は思います。
こんにちは、AlphaGo ちゃん。
この新人は更に、とんでもない棋力と、華々しい話題性も持ってきた、
スーパーアイドル囲碁打ちとも言えるでしょう。

ただ、使用するハードのスペックなどもあり、
現在のプロ棋士と同様、直接対局できる機会は無いかも知れなく、
一般人には直接影響無いのかも知れませんね。

ただ一般人で、棋力も相当低い私にも、
このAlphaGoの登場の影響が少しありそうです。
この一瞬の盛り上がりのピークに、
ちょっと便乗したいと思っています。
posted by curren at 13:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 - 囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。